メッセージ - C年 復活節

きょうの福音では、主イエスによる愛の掟について記されています。「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」と。

この主の御言葉に基づいて注目したいことは、最後のところにあります。「互いに愛し合うならば、それによって、あなたがたが私の弟子であることを、皆が知るようになる」という聖句です。ここでイエスは愛についての生きた証言の重要性を強調したいのです。愛の生きた証言は単なるスローガンよりも、はるかに強力です。

聖書のある場面では、主イエスは、「木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる(ルカ6:44)」と言っています。行動や言動によってその人の信仰の本質や性格が分かる、と言うのです。つまり、「良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」というように、その人の内面が行動や言動に現れるという意味です。

一つのラテン語の名句を思い出します。「Verba Movent Exempla Trahunt.」それを日本語にすると、「言葉は人を動かし、行いは人を引きつける」です。信仰の本質も同様です、「何を言っているか」よりも、「何をしているか」が大事です。言い換えると、立派な言葉を口に出しても、行いを伴っていないなら、人々の心に伝わらないということです。

ここで強調するところは“信仰は生きるもの”なので、周りの人々が私たちの存在を通して、キリストの愛という「互いに大切にし合う姿、互いに赦し合う姿、互いに支え合う姿」を肌で体験することができるように、ということです。「皆の間で、お互いに愛し合うならば、あなたがたが私の弟子であることを、皆が知るようになる」と。アーメン。