メッセージ - A年 年間

申命記 8:2-3;14-16

エジプトから選ばれた民を解放した神は、彼らに約束されたカナンの地への40年間の旅の間、彼らを見守り、世話をされました。旅の間ずっと、神は民と共におられました。40年間、神は彼らと共にいて、ついに選ばれた民は自らを神に委ねました。イスラエルの神は民を養い、マナを与え、岩から水を与え、モーセの戒めを守るように教えられました。

―コリント10:16−17

神がご自身の選民を慈しまれたように、イエス・キリストはユダヤ教や異教からキリスト教へと移った人々に、キリスト教会におけるご自身の存在を示す聖餐のしるしを残されました。これらのしるしとは、イエスの聖体であるパンと、私たちの罪のために流されたイエスの聖体である血のしるしであるぶどう酒です。

ヨハネによる福音 6:51-58

イエスは、ユダヤの人々がご自身の神性を認識することを願って、直接語りかけました。そのために、イエスは出エジプト記から例を挙げました。そこでは、神がエジプトの奴隷状態から救い出した民を慈しみ、世話をされたことが描かれており、これはキリスト教における罪と魂の喪失の原型となっています。イエス・キリストは、ご自身を信じる者は皆、天国で永遠の命にあずかることができると説かれました。この永遠の命が実現する前に、キリスト教徒はパンとぶどう酒という形で、聖体におけるイエスの臨在のしるしを与えられています。日々の聖なるミサにおいて、私たちはイエス・キリストの体と血によって養われ、それによって、イエスを信じるすべての人に対するイエスの慈しみが私たちにもたらされるのです。